大判例

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東京高等裁判所 昭和60年(ネ)2906号 判決

控訴人

株式会社昭和物産

右代表者代表取締役

吉村洋治

右訴訟代理人弁護士

岩渕秀道

羽渕節子

被控訴人

株式会社大槻工務店

右代表者代表取締役

大槻清吉

右訴訟代理人弁護士

土屋公献

中垣裕

大宮竹彦

右訴訟復代理人弁護士

鶴田進

主文

本件控訴を棄却する。

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

〔申立〕

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  控訴人と被控訴人間の浦和地方裁判所昭和五九年(手ワ)第四五号約束手形金請求事件について、同裁判所が昭和五九年七月四日に言い渡した手形判決を認可する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

控訴棄却。

〔主張〕

一  控訴人の請求原因

1  控訴人は、左記の約束手形一通(以下、「本件手形」という。)を所持している。

金額 三〇〇万円

満期 昭和五九年二月二〇日

支払地 埼玉県川口市

支払場所 青木信用金庫西川口支店

振出日 昭和五八年一〇月一九日

振出地 埼玉県川口市

振出人 株式会社大槻工務店(被控訴人)

受取人 株式会社山商

第一裏書人 右同

同被裏書人 白地

2  被控訴人は、本件手形を振り出した。

3  控訴人は、本件手形を満期の日に支払のため支払場所に呈示した。

よつて、控訴人は被控訴人に対し、本件手形金三〇〇万円及びこれに対する満期後である昭和五九年四月一三日から完済まで手形法所定年六分の割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する被控訴人の認否すべて認める。

三  被控訴人の抗弁

本件手形は、訴外株式会社山商(以下、「訴外会社」という。)が昭和五八年一〇月二一日頃控訴人に対して負担した貸金債務金八〇〇万円の支払の担保として、訴外会社から控訴人に裏書譲渡されたものであるところ、右貸金債務の連帯保証人たる訴外林田英志(以下、「訴外人」という。)は、同年一一月一七日右八〇〇万円を弁済した。この結果、訴外人は法定代位により当然に本件手形上の権利を取得したから、控訴人は本件手形につき無権利者である。仮に、右弁済によつて裏書の原因関係が消滅したにすぎず、控訴人はなお本件手形の形式上の権利者だとしても、本件手形は訴外人に交付すべきものであり、たまたま本件手形が手もとに残つていることを奇貨として本訴請求をするのは、権利の濫用であつて許されない。

四  抗弁に対する控訴人の認否

被控訴人主張の日に控訴人が訴外会社に対する貸金八〇〇万円の返済を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。控訴人は、訴外会社代表者である渡辺不二夫から右の弁済を受けたものである。

五  控訴人の再抗弁

控訴人は、昭和五八年一一月二一日、訴外会社に対し再び八〇〇万円を貸し付け、同債務の担保として、同日同社から本件手形の交付を受けた。

六  再抗弁に対する被控訴人の認否

否認する。控訴人が訴外会社に再度八〇〇万円を貸し付けたことはなく、同社が本件手形を担保に供したこともない。なお、仮に右再度の貸付及び担保提供があつたとしても、控訴人が本件手形上の権利を取得していないか、又は控訴人の右権利の行使が権利濫用に当たることに変りはない。

〔証拠〕〈省略〉

理由

一控訴人主張の請求原因事実は、当事者間に争いがない。

二被控訴人の抗弁事実中、控訴人が昭和五八年一一月一七日控訴人の訴外会社に対する貸金八〇〇万円の返済を受けたことは当事者間に争いがなく、〈証拠〉によれば、本件手形は訴外会社が同年一〇月二一日頃控訴人に対して負担した右貸金債務八〇〇万円の支払の担保として訴外会社から控訴人に裏書譲渡されたものであり、右八〇〇万円の弁済は同月二六日に右貸金につき連帯保証した訴外人が右連帯保証債務の履行としてしたものであることが認められ、右認定に反する原審(第一、二回)及び当審証人野崎勉の証言は前掲証拠に照し措信できない。

そうすると、右弁済による法定代位により、本件手形上の権利は当然に控訴人から訴外人に移転したものというべきであり、したがつて、控訴人が右弁済後も引続き本件手形を所持していたとしても、手形上の権利を行使するに由ないものである。

三控訴人は、再抗弁において、前記訴外人による弁済のあつたのちいつたん訴外会社に本件手形を返還し、更にその直後に再度八〇〇万円を訴外会社に貸与して右手形を再度受領した旨主張するが、前記のとおり訴外人の弁済によつて本件手形上の権利者でなくなつた控訴人が仮に右のような経緯で再度手形を取得したとしても、悪意又は重過失による取得者として手形上の正当な権利者たりえないものというべきである。

四以上説示したとおり、控訴人の再抗弁はそこで主張されている再度の貸付の有無を問うまでもなく失当というべきであるが、本件のような手形貸付において、弁済者の法定代位の効果として手形上の権利が当然に債権者から弁済者に移転するか否かの点に関しては以上述べたのと異なる見解も存するので、念のためそのような見解を前提として控訴人の再抗弁の当否につき検討を加えておく。

まず、訴外会社関係の取引帳簿の体裁をもつ甲第二号証の一一月二一日の欄には借方に八〇〇万円の記載があるが、これは控訴人の内部帳簿にすぎず、八〇〇万円の貸付を証する証拠としての証明力は高いとはいえない。また、控訴人の営業担当社員である野崎証人は、原審において、再度の八〇〇万円は初回の八〇〇万円の返済を受けた日から一、二週間経つてから貸し付けたもので、その際六、七枚の書類を作成したと述べ、訴外会社代表者の署名のある書類を保管しているとも証言しているが、原審においてはそのような書類は証拠として提出されなかつた。

その後当審において、控訴人は、再度の八〇〇万円の貸金を裏付ける書証として、〈証拠〉を提出するが、右〈証拠〉は訴外会社の同年一〇月二一日付の印鑑証明書であり、〈証拠〉は同社代表者渡辺不二夫の同日付印鑑登録証明書であつて、〈証拠〉によれば、これらは初回の八〇〇万円の貸付の際に取り寄せたものというのであるから、控訴人が再度の貸付をした際に作成した書証として問題になるのは、結局、〈証拠〉のみということになる(当審証人野崎勉は、再度の貸付をした際に作成した書類として、〈証拠〉のほかに債権譲渡証書があると述べるが、右債権譲渡証書は書証として提出されていない。)。〈証拠〉は、訴外会社と控訴人との間の手形取引等によつて生じた債務一切につき、期限の利益の喪失事由、公正証書作成の承諾等の一般的な事項を取り決めた同年一一月二一日付の文書で、訴外会社の記名押印と同社代表者渡辺不二夫の署名押印があり、〈証拠〉は、右同日貸付の八〇〇万円の貸金について野崎勉に公正証書作成嘱託に関する一切の権限を委任するという内容の右同日付文書で、債務者欄には訴外会社の記名押印があり、連帯保証人欄には右渡辺の署名押印があるものである。当審証人野崎勉は、〈証拠〉は再度の八〇〇万円貸付の際に作成されたもので、いずれも訴外会社の記名押印と右渡辺の署名押印及び金額欄の記載は渡辺自身が行い、その余の利率、日付等は野崎が記載したものであり、これらと同じものは初回の八〇〇万円の貸付の際にも作成されたが、前記のとおり返済されたので破り捨てたと述べる。また、再度の貸付の際の担保について、同証人は、初回の貸付の際に担保として裏書譲渡を受けた本件手形(金額三〇〇万円)、訴外高瀬工務店振出の手形(金額二〇〇万円)、訴外竹馬産業株式会社振出の手形(金額七三万円)、訴外株式会社鈴成振出の手形(金額一〇〇万円)の合計四通(六七三万円)をいつたん前記渡辺に返還したうえ再度同人から預り、これに別の二〇〇万円の手形を上積みして裏書譲渡を受け、これらの手形を担保にして他に人的物的担保を徴することなく再度の八〇〇万円の貸付をしたものであつて、前記甲第二号証の一二月二九日欄に一八〇万円の現金内入れとあるのは、右のうちいずれかの手形が決済されたためであり、したがつて再度の貸付金八〇〇万円中、いまだ六二〇万円が返還されていない旨供述する。控訴人は、本件手形のほか、前記鈴成の手形(金額一〇〇万円)及び竹馬産業の手形(金額七三万円)を当審において甲第六及び第七号証として提出するのみで、前記高瀬工務店の手形(金額二〇〇万円)及び上積みしたという前記二〇〇万円の手形は証拠として提出していない。

そして、訴外人が初回の八〇〇万円を返還する前後の状況をみると、〈証拠〉によれば、控訴人が本件手形を含む前記四通の手形を担保に初回の八〇〇万円を貸し付けた同年一〇月二一日頃から数日経つた同月二六日、訴外人の旧友である前記渡辺が前記野崎とともに訴外人方を訪れ、訴外人に対し右四通の手形(合計六七三万円)のコピーを示して、手形を買い取るか又は右貸金八〇〇万円の保証人になつてほしい旨こもごも要請したので、訴外人はやむなく右貸金債務の連帯保証人になることを承諾したこと、その際訴外人は念書一通、金銭消費貸借契約書一通、公正証書一通、根抵当権設定契約書一通、委任状二通、土地、建物賃貸借契約書各一通、内容証明書四通を作成して、訴外人の印鑑証明書簡とともに野崎に渡したこと、前記のとおり訴外人は同年一一月一七日控訴人事務所で渡辺同席の下に八〇〇万円を野崎に返済したが、その際野崎は書類を破つて、「破つたのが領収書代りだ」といつて領収書は発行しなかつたこと、以上の各事実が認められる。

以上の各事情を総合的に考察すると、控訴人の再抗弁事実があつたものと断定するには種々の疑問があるといわざるをえない。まず、控訴人としては、初回の八〇〇万円の貸付について訴外会社や渡辺に極度の信用不安があつたからこそ、訴外人に本件手形等の買取りもしくは連帯保証を要請することになつたものであり、しかも結局訴外会社や渡辺からは支払がなく、連帯保証人たる訴外人から返済を受けることになつたにもかかわらず、そのわずか数日後である同年一一月二一日に初回と同額の八〇〇万円という大金を訴外会社に貸し付けるというのは、極めて不自然である。そのうえ、前記のとおり、野崎証人は、その担保として本件手形を含む前記四通の手形(合計六七三万円)に二〇〇万円の手形を上積みして譲渡を受けたと述べているのであるが、上積みの手形の譲渡があつたと認めるに足る証拠がなく(甲第二号証記載の一八〇万円の現金内入れが二〇〇万円の手形決済によるものだとしても、その二〇〇万円の手形は前記四通の手形のうちの高瀬工務店振出分の手形である可能性があるので、右内入れは上積み分の手形の実在を裏付ける事実とはいい難く、他に右手形の実在を証明するに足りる証拠の提出がない以上、右野崎の証言は措信できない。)、そうだとすると、控訴人は初回の八〇〇万円貸付のときと全く同様の前記四通の手形のみを担保にして、他に人的物的担保を徴することなく右のような再度の貸付をしたということになるが、このようなことは通常考えられない。なるほど、〈証拠〉は同年一一月二一日付となつているが、前記のとおり野崎証言中には日付欄は野崎自身が記入した旨及び右書面と同じ趣旨の書面が初回の八〇〇万円の貸付のときにも作られていた旨の供述が存すること、同証人は当審では初回のときの右書面は八〇〇万円の返済を受けた際に破り捨てたと証言し、原審では消費貸借契約書を破つたと述べていて一貫しないが、連帯保証人たる訴外人から返済を受けたのであるからまず訴外人関係の書類を破り捨てるのが自然であり、初回のときの右承諾書、委任状が残つていた可能性がある(殊に、右承諾書はその内容からいつてむしろ個々の取引の都度作成することを予定していないものと考えられる。)ことからすると、右書証は初回の八〇〇万円の貸付の際に作成されたもので、それに日付の記載がなかつたため、野崎が一一月二一日と記入したのではないかとの疑いをさし挾む余地が多分にあり、したがつて、右書証も控訴人の再抗弁事実を認めるに足るものではないというほかはない。

右の次第で、控訴人の再抗弁事実があつたとする原審(第一、二回)及び当審証人野崎勉の証言も措信できず、他に右事実を認めるに足る証拠はない。

そうだとすれば、控訴人は、訴外会社に対する貸金八〇〇万円の担保として裏書譲渡を受けた本件手形について、右貸金全額の返済を受けて裏書の原因関係が消滅し、手形上の権利を行使すべき実質的理由を失つたにもかかわらず、右手形が手もとに残つているのを奇貨とし、自己の形式的権利を利用して振出人たる被控訴人に本件手形金を請求するものであつて、かかる請求は権利の濫用にあたり、被控訴人は控訴人に対し本件手形金の支払を拒むことができるというべきである。

五以上の次第で、いずれにせよ控訴人の本訴請求を失当として排斥した原判決は相当であるから、本件控訴を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中島一郎 裁判官加茂紀久男 裁判官梶村太市)

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